アンジェラ・メリチは北イタリアのガルダ湖のほとりデゼンザノの町に生まれました。
アンジェラは緑と湖に囲まれた美しい自然の中で、のびのびと子ども時代を過ごしましたが当時ヨーロッパを襲った伝染病のペストが北イタリアにも猛威を奮い彼女の両親そして姉フランシスカを次々に失うことになるのです。
その後アンジェラはデゼンザノに帰り畑の仕事に携わりながら、主イエスへの愛ゆえに祈りと犠牲を捧げながら人々と共に友情に満ちた生活を生きておりました。
○ 祈りの人 ー 農家出身の聖アンジェラは北イタリアの大自然の美しさと静けさの中で深い祈りと観想へと導かれていきました。彼女の祈りはイエス・キリストへの徹底的な奉献という形で表されます。イエス・キリストこそ唯一の宝として彼への無償の愛を捧げます。
○ 使徒的熱誠を生きる人 ー 聖アンジェラは人々の中で生活し、人々の苦しみ悲しんでいるところを訪ね、また神によって満たされている彼女の貧しい家に彼等を受け入れることによって彼等を神との出会いにまで導きました。
アンジェラはこのように人々の傍で人々と共に生活し、やがて時が熟し会の創立にいたるのです。
アンジェラは会にとって特別に母であります。これについては彼女自身が言っています。
「イエス・キリストは、限りない好意をもって、大変ふさわしくない者であるこの私を生存中もまた、死後においてもこの貴い会の母としてお選びくださいました。」(勧告第3)
また当時ブレッシアの町では人々にマドレ・アンジェラと呼ばれ親しまれていました。
どれほど彼女は母としての愛情を人々に注いでいたことでしょう。
会創立の5年後1540年1月27日多くの人々に見守られながら天の御父のもとに帰られました。その帰天後267年経た1807年5月24日、ピオ7世によって聖人の列に加えられました。
「私はこの世に生きていた時よりも、今後はもっと生き生きと生きております。あなた方をもっと理解し、今まで以上にお助けできるでしょう。あなた方が信じ、勇気と希望を失うことがないならば、私は私を愛してくださるお方、あなた方を愛してくださるお方、つまり私たちみんなにとって愛であるお方と共に私はいつもあなた方の中にいるでしょう。」(聖アンジェラの遺言)